八つの風を受けて

小さな食卓から地味なごはんを晒します

主たる介護人と不良介護人は持ちつ持たれつ

     ( 関係よ~んとタイトルがいささかアホですが、ご勘弁を。 )

『ワタシの介護は決して優等生ではありません』

そんな事はとっくにお見通しですよね、それが出来たのは夫のおかげです

 『介護は僕がする』と、宣言したからです。

もちろん介護が必要な人間が複数いるのですから、一人で全部できるはずもありません、周りの協力(もちろんワタシ)あってのことです、ここはきっぱり!

義父母の介護を始める時に、夫婦でちゃんと話し合う事はとても大事です。

我が家の場合はそのために早期退職を決心したので、特に問題ありませんでしたけど いずれ同居してからでいいやなどと考えていては お互いの胸の奥に少しづつ不満が渦を巻くかもしれませんよ。

 そして企業が勧めていた中途退職は バブルがはじけて不景気になった企業の人員整理が目的だったと思いますが、介護の事を考え始めていた私たちにとっては渡りに船でした。
おかげですんなりと希望が叶ったのです。

退職理由が自己都合にならなかったのは大きいです、失業保険の受給に関わりますから。

主たる介護人は自分。

このスタンスをきちんと守ってくれていた夫には花丸をあげたいです。

外注出来るものは利用する、これは夫が両親ときちんと話し合って決めたことなので小さなもめごとは有りましたが、自分の息子に云われたらしょうがありません ディサービスにもちゃんと出かけてくれました。

私が云ったらこうはならなかったでしょう

 

 さて、介護中は自由に出かけることが出来ませんから、家の中で遊べる事 なにかしらマイブームがあるといいと思います。

長続きしなくても 時間つぶしと言われてもいいじゃないですか、だって時間はたっぷりあるんですから。

 

まずワタシがトライしたのが鋳物鍋でご飯を炊くことでした。 

義父が毎朝仏壇にご飯をあげて ぶつぶつ・・何やら唱えていましたので、ご飯は手を抜けません。今ならレンジでチンでも構わないんですけどね。

どうせ毎日炊くなら なんか面白そうな事にしようと始めて今に至っています。

最近は週に2回ぐらいになってしまったのですが、当時はこれがマイブームでした。

重いのが難点ですが ごはんがおいしく炊き上がります。

 蓋は二重で、沸騰するまでは強火で、その後は弱火にして蓋をして15分、火を止める前に強火にして2分程、あとは蒸らして出来上がりです。

IHなら時間設定も簡単ですので、弱火にしてからはずっと見ていなくても大丈夫です。

今朝の朝ごはんはお決まりの納豆です 、ナスの煮びたしとぬか漬けでおしまい。

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編み物、パッチワークといろいろな手芸もしました、ブームはすっかり去ってしまいましたけどね。冬に靴下を編むぐらいかなぁ~続いているのは。

映画もあの頃が一番観ていた気もします、年間の会員にもなっていましたから。

試写会のハガキもせっせと出していました、夕ご飯を終えて片付けてから出かけられたので、バタバタしてましたけどそれなりに楽しかったです。

 

そして当時 夫婦で夜な夜な行っていたこと・・・ふふふ

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ダーツです、二人で熱くなっていました。こんな遊びも必要ですよね。

夫は毎週のようにゴルフにも出かけていました、

「ゴルフの誘いは断らない、誘ってもらえるうちが花よ」と、けしかけていました。

やっぱりります・・ちょっと無口になったり、短気になったりしてた時期もあるんですよ、

介護のストレスは当たり前のことだと思いますけど、

どう乗り越えるか、どう乗り越えてきたのか??

忘れました、嫌なことは忘れるのが一番です。

ただ二人で約束したことは 喧嘩はしない。 これは守ってきました。

だって始まったら・・とことん・・やりそうで怖いから。

 

介護が終ってから、二人ともしばらくぼーっとしてました、

ワタシは家事はもう一生分したと、自己満足してました。

 

今日もちょっと長くなりました、おしまいです。

  どんとはれ。。。

 

  あの頃の夫は優しかった・・今は? ふむ。